Tango: Zero Hour

Astor Piazzolla

これは紛れもなく、私がこれまでの人生で作り得た最高のレコードである。我々はこのレコードに魂を捧げた。-アストル・ピアソラ- 世界初、最新リマスタリング+緑色オーディオファイルコーティング+オリジナルジャケット仕様 (最新ライナーノーツ:キップ・ハンラハン、斉藤充正、高見一樹) 音の零時間、過去/未来から分節された現在。あるいは、音を分節する零レベルとしての沈黙 「ゼロ・アワー」というコンセプトの原点となった描写タンゴの傑作「ブエノスアイレス零時」の初演から23年の時を経てピアソラが対峙した"ゼロ"という概念。1986年5月、キップ・ハンラハンのプロデュースのもと、ニューヨークのサウンド・アイディアズ・スタジオで、満足の行くまでじっくりと録音された官能のタンゴがハイブリッド仕様で蘇る。(Amazon.co.jpより)

アストル・ピアソラ(1921-1992) タンゴはアルゼンチンの首都ブエノスアイレスに花開いた大衆文化だが、4歳から16歳までニューヨークで過ごした当時のピアソラには異文化に過ぎず、タンゴ好きの父からバンドネオンを贈られても嬉しくはなかった。やがて人前で民謡やクラシックを披露するようになったピアソラがタンゴの魅力に取りつかれたのは、帰国後の1938年にラジオでエルビーノ・バルダーロ楽団の演奏を聴いてから。翌年ブエノスアイレスを出て名門アニバル・トロイロ楽団に参加、そこでタンゴの何たるかを徹底的に学び取る。編曲者としてもアルベルト・ヒナステーラから授かったクラシックの手法の応用を試みるが、ダンス音楽としての機能を損なうとして反発を受ける。1946年に自己の楽団を結成するが、伝統的なタンゴの枠内での表現に限界を感じ3年後に解散。1954年、クラシック界での成功を夢見て留学したパリでナディア・ブーランジェからタンゴを続けるように進言されたことが人生最大の転換点となった。その後様々な試行錯誤を経て1960年に五重奏団を結成、自己のスタイルを確立しその活動を軌道に乗せた。軸足をヨーロッパに移した1970年代のフュージョン風な音は彼の本質を歪めたとして評価は高くなく自己批判の対象ともなったが他ジャンルの音楽家たちとの交流を促進し、1980年代には五重奏団で世界を舞台に演奏活動を展開。バロックから現代音楽、ジャズ、ポップスに至る手法を自在に取り入れつつ「タンゴ」であることにはとことんこだわり、優れた詩人や歌手と組んで「歌」の世界にも新風を吹き込んだ。聞き手の心鷲掴みにする「ピアソラ節」は、その類稀な才能、尋常成らざる勉強熱心さに加え、タンゴを客観視できる生まれ育った環境の賜物でもある。(Amazon.co.jpより)

SongList
  1. Tanguedia III
  2. Milonga Del Angel
  3. Concierto Para Quinteto
  4. Milonga Loca
  5. Michelangelo '70
  6. Contrabajsimo
  7. Mumuki